27 ■ 「女子高校生コンクリート詰め殺人事件」都民さんの書込み
2008/11/16(日) 16:50:37
「女子高校生コンクリート詰め殺人事件」
宮野裕史(出所後、横山と改姓)と湊伸治の少年は、
http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/lynch.htm によれば、
プラスチック工場から8時過ぎ帰宅中の女子高校生を誘拐して、
湊の自宅に監禁した。渡邊恭史や垣東孝一(後に相田と改姓)も
レイプに加わり、手や太腿にオイルを塗ってライターで火をつけ
乳首をペンチで押し潰すなどした。監禁40日に尿を飲まされ、
食べさせてもらえるのは、少年たちの機嫌を取ったとだけだった。
江東区でドラム缶から発見された遺体には、陰部と肛門に瓶が
押し込まれていた。湊の両親(靖人、ます子)と兄(恒治)は
女子高生が逃げないよう監視していた。
彼女はどんなに痛く、どんなに辛く、どんなに悔しかっただろうか。
犯人たちの短すぎる刑期をご遺族は納得するのだろうか。
横山 祐史(宮野裕史):S45年4月30日生 身長160cm
仮出所後の保護観察(東大阪市)が2ヶ月に短縮され、
H19年9月頃には埼玉県川口市蓮沼に移ることができた。
湊 伸治:S47年12月16日生 写真
http://d.upup.be/?tHxICi3k1U 所在不明、平成19年まで介護資格を取り寝屋川で働いていた。
リュヒテンシュタイン人と結婚。刑務所で服役したのは6年
両親=湊 靖人、ます子:京都市伏見区向島住宅にいたが転居
監視役の兄=湊 恒治(S47年1月21日生)
神作 譲(旧姓は小倉):再犯して服役中 S46年5月11日生
渡邊 恭史:S46年12月18日生 母親の名前は、渡邊ヤス
生活保護で暮らす。刑務所で服役したのは4年
相田 孝一(旧姓は垣東):S46年生 今年4月から長女は中学3
H18年4月、妻と偽装離婚し再婚、妻の旧姓に改姓
26 ■ 私説公開石垣眞人さんの書込み
2008/08/05(火) 15:04:24
http://makoto-ishigaki.spaces.live.com
「平成の黙示録」という表題の私説を公開しています。
http://makoto-ishigaki.spaces.live.com にアクセスしてください。
25 ■ 福田康夫さんの書込み
2008/04/14(月) 22:35:05
>>24
どこのどなたか存じませんが、書き込みありがとうございます
24 ■[重要] FLOWER TRAVELLIN' BAND再始動内田裕也研究分室さんの書込み
2008/04/01(火) 10:37:34
http://blogs.dion.ne.jp/flower_travelling_band/
内田裕也プロデュースの伝説のロックバンド"FLOWER TRAVELLIN' BAND"再始動
FUJI ROCK出演〜ニューアルバムリリース!
23 ■ 福田康夫さんの書込み
2008/03/22(土) 12:45:54

「男のキモノショー」でモデルを務めた内田裕也
◎内田裕也キモノで“シェキナベイビー”
ロック歌手の内田裕也(68)が16日、都内で行われた「男のキモノショー」でモデルを務めた。アパレルメーカーのユナイテッド・アローズが創業260年の老舗帯問屋「誉田屋源兵衛」(京都)とのコラボレーションで男性着物をアピールするイベント。マント風の和服をまとい、レッド・ツェッペリンの「ロックン・ロール」に乗って登場。「勝新太郎さんに口説かれた89年の映画“座頭市”で着て以来、生まれて2度目のキモノ」と照れながらも満足そうな表情だった。
[ 2008年03月17日付 紙面記事 ]
22 ■ 福田康夫さんの書込み
2008/03/09(日) 11:15:45
◎シーナ&ザ・ロケッツ、結成30周年記念イヴェントに内田裕也、細野晴臣、高橋幸宏ら参加。4月23日には8年ぶりのオリジナル・アルバムも
2008-03-03 掲載
日本のロック・シーンを牽引して来たヴェテラン・バンド、シーナ&ザ・ロケッツ。その結成30周年とリーダー鮎川誠の還暦を記念したイヴェント〈S&R HAPPY 30th ANNIVERSARY SPECIAL〉が5月1日に開催される。
同イヴェントには、細野晴臣、高橋幸宏、内田裕也、チバユウスケ(The Birthday)、鮎川がシナロケ以前に結成していたバンド、サンハウス時代の盟友柴山俊之など、親交の深いアーティスト陣がゲスト参加。日本のロック史を間近で体験できる希有なイヴェントとなるはずだ。
また、4月23日には実に8年ぶりとなるオリジナル・フル・アルバム『JAPANIK』の発売が決定。ラモーンズやチャック・ベリーらのカヴァーなども盛り込んだ同作は、シーナが〈このアルバムで日本はパニックになるわ〉と予告するほどの自信作として完成した。さらに鮎川誠は今夏公開の映画『ジャージの二人』にて映画初出演をも果たしたとのこと。今だ進化を続けるシーナ&ザ・ロケッツは、これからもロック・キッズの魂を惹き付けてやまない存在として、シーンに君臨していくはずだ。
〈S&R HAPPY 30th ANNIVERSARY SPECIAL〉
5月1日(木)恵比寿 The Garden Hall
参加アーティスト:内田裕也/細野晴臣/高橋幸宏/永井“ホトケ”隆/柴山俊之/花田裕之/チバユウスケ 他
チケット発売日:3月15日
21 ■ 福田康夫さんの書込み
2008/02/28(木) 13:13:27
◎内田裕也応援!遼くん369ヤード!
2008年2月12日(火)06:00 * スポーツニッポン
ゴルフ・ローカル大会のパール・オープン最終日は10日、米ハワイ州のパールCC(6787ヤード、パー72)で行われた。プロ転向2戦目の石川遼(16=パナソニック)が進化を実感、4月の国内ツアー開幕へ手応えをつかんだ。4打差の9位からスタートした石川は5バーディー、4ボギーでスコアを1つ伸ばしたが、通算6アンダーの210で10位に終わった。それでも、ドライバーの飛距離が一段とアップするなど収穫は十分。第1日から首位を守った矢野東(30)が69で回り、通算12アンダーの204で大会初優勝、優勝賞金1万1610ドル(約125万円)を手にした。
こん身の一打で自らの成長を確信できた。519ヤードの17番パー5だ。石川の代名詞でもあるフルスイングから放たれた打ち下ろしのドライバーショットは追い風にも乗ってぐんぐん伸びた。「フォローだったけど、残り150ヤードの所にまで行った」。その距離なんと369ヤード。2打目でグリーン奥のカラーに落とすと、このホールは難なくバーディー。ギャラリーにさわやかな笑顔を見せた。
USPGAの昨季のドライバー平均飛距離No・1はB・ワトソンの316・5ヤード。ツアー全体の平均では281・0ヤードなのだから、打ち下ろしで、追い風参考とはいえ、そのパンチ力は日本人のレベルを超えている。「オフで少し飛距離が伸びた。後半はほとんどいいスイング。戦いながらでもスイングを良くしていけるという自信ができた。それが一番の収穫」。今オフはクロスカントリーを取り入れ、体幹部や左腕の筋力強化を重ねてきた。悪天候の全英オープン、オーストラリア予選(4日)ではわからなかった進化が、ようやく実感できた。
「狙います」と語っていた優勝にこそ届かなかったものの、2日連続で5バーディーを記録。まだ、小技の練習に時間を割いていないため4ボギーも記録したが「1日4バーディーを目標にしていたので大会を通して取れた。大満足」と納得顔だ。昨年のこの大会では中学3年ながら13位に入って自信を深め、それがツアー優勝、そしてプロ転向につながった。「自分としては記念の大会。今回もそうなることを願っています」。順位が3つ上がった以上に完成に近づいているスイングに手応えを感じている。
石川はきょう12日に帰国。今月下旬のクロスカントリー合宿を経て3月29、30日に茨城で行われるミニツアーのG―ONEオープンに出場する。春休みを利用して合宿を張るなどして、4月の開幕戦、東建ホームメイトカップ(17〜20日、三重・東建多度CC)に備える予定だ。「開幕までにまだ飛距離が伸びると思う」。プロになっても、小さくまとまるつもりはない。「夢」のマスターズ勝利へ、規格外の選手を目指し続ける。
<「石川遼VSロックンロール!」
>10位と健闘した石川が思わぬ激励を受けた。会場のパールCC関係者に友人がいるため、パール・オープンの会場を訪れたロック・シンガーの内田裕也(68)が石川に歩み寄り、記念撮影。「彼は性格がいい。誘惑の多い世界だけど頑張ってほしい」とエールを送った。報道陣に対しては「石川遼VSロックンロールだね。最もミスキャストだ」と笑い飛ばした。石川は「ワイルドですね」と独特の風ぼうに圧倒されていた。
20 ■ 福田康夫さんの書込み
2008/01/21(月) 17:51:04
○異色の新人歌手・美菜実がライブ
マーチングとロックを融合させた異色の新人歌手の美菜実(みなみ=20)が18日、東京・渋谷エッグマンで行われたライブイベントに出演した。
美菜実は高校時代、3年連続でマーチング全国大会で金賞を受賞した異色のキャリアの持ち主。昨秋に米ロサンゼルスで行ったレコーディングが話題となり、現地に滞在していた“ロック界のドン”内田裕也(68)の耳にも届き、昨年大みそかの「ニューイヤーロックフェスティバル」でライブデビューを果たした。
現在はメジャーデビューに向けてレコード会社と調整中。この日はステージ上で躍動しながら「未来へ」など4曲を熱唱。独自のスタイルを誇りに「今までにない私の世界観、マーチングとロックの融合を広めていきたい」と夢を膨らませた。
(2008年1月19日06時01分 スポーツ報知)
19 ■ 福田康夫さんの書込み
2008/01/06(日) 21:01:38
○ダウンタウン松本がお笑い仲間とグアムへ
お笑いコンビ「ダウンタウン」の松本人志(44)が3日、成田空港からグアムに向け飛び立った。「雨上がり決死隊」の宮迫博之(37)と現れた松本は、黒のニット帽にジーパン、迷彩のダウンジャケットというラフなスタイルで「アジアを3周ほど(回ってきます)」と、とぼけながらグアム便へ。今田耕司(41)、ロバートの馬場裕之(28)らも同じ便に搭乗した。石坂浩二(66)は「ゴルフです」とオーストラリアへ出発、内田裕也(68)は「ロックンロール!」と、ポーズを決めながらハワイへ向かった。
○フジモン 同棲中恋人とハワイ入り
お笑いコンビ「FUJIWARA」の藤本敏史(37)が3日(日本時間4日)、米ハワイのホノルル空港に到着した。テレビ番組などで同棲中と公表している恋人を同伴。結婚については「まだまだありません」と否定した。一方、タレントの梨花(34)も現地入り。昨年10月に自身のブログで6年間交際した男性との破局を明かしたが「恋人?いません。本当にいないんです」と苦笑。俳優の山本太郎(33)は「サーフィンをしに来ました。今年は結婚したいけど、彼女はいません」と話した。ほかに内田裕也(68)らがハワイ入りした。[ 2008年01月05日付 紙面記事 ]
18 ■ 福田康夫さんの書込み
2008/01/06(日) 21:00:55
◎温暖化防止訴え…裕也恒例ロックフェス
ロック歌手の内田裕也(68)が主催する年越しライブ「第35回ニューイヤー・ワールド・ロックフェスティバル」が31日、東京・浅草ロック座で開催された。「地球温暖化防止」をテーマにした今回は、中国(上海)、韓国(ソウル)、米国(ロサンゼルス)と4カ国を結んでのカウントダウン。ロック座では裕也はじめ、桑名正博(54)やシーナ&ロケッツらが年またぎで熱いステージを繰り広げ、ファンと新年を祝った。
[ 2008年01月01日付 紙面記事 ]
17 ■ 福田康夫さんの書込み
2008/01/06(日) 19:51:59

中国大使館前で気勢を上げる
◎内田裕也今年もやるゼ!年越しロック
ロック歌手の内田裕也(68)が主催する恒例の年越しライブ「ニューイヤー・ワールド・ロックフェスティバル」が35周年を迎える。東京・浅草ロック座を拠点に中国・上海、韓国・ソウル、そして米ロサンゼルスを結んでの4カ国記念開催。裕也は「感無量」と、節目のステージに全力投球を誓った。
1973年の大みそかに渋谷西武劇場(当時)で産声をあげた年越しライブ。裕也の音頭で、キャロルやサディスティックミカバンドらが集結し、華々しく幕を開けた。あれから数えて35回目。ロックを通して地球温暖化防止を訴えるが、「大変な山火事があったロスでも開催にこぎつけた。環境問題もアピールしたい」と裕也は話した。
海外での開催も軌道に乗ったことからタイトルには「ワールド」の文字も加えた。裕也はジョー山中(61)白竜(55)シーナ&ロケッツの鮎川誠(59)RISING SUNのHIRO(40)とともに日中国交正常化から同じく35周年を迎えた元麻布の中国大使館の前でデモンストレーションを繰り広げた。
上海に飛ぶ山中は「温室効果ガスの排出量が世界2位で、北京五輪を控える中国でも温暖化は無視できない問題。ライブが警鐘を鳴らす突破口になれば」と意気込む。ソウルに出向く白竜も「政治では変えられないことでも音楽ならできることがある」と強調した。
30回目の出場となる鮎川は「このライブは原点。ゼロに戻ってステージに立てる喜びを表現したい」と語り、HIROも4カ国開催に言及し「本当にインターナショナルなイベントになった」と感慨深げ。来年“ロック(69歳)”を迎える裕也は「ロンドンやモスクワにも広げていきたい」とボルテージを上げた。
[ 2007年12月24日付 紙面記事 ]
16 ■ 福田康夫さんの書込み
2007/12/20(木) 22:06:59
12/25(火)フジテレビ
「笑っていいとも!」 番組の終了間際に登場します。
番組出演後、アルタ前から伊勢丹にかけてNYRFのビラ撒きをします。
15 ■ 福田康夫さんの書込み
2007/12/20(木) 21:59:35
○【音楽のある風景】ショスタコービチ交響曲全曲演奏
FujiSankei Business i. 2007/12/20
■日比谷公会堂に昔日の輝き
ショスタコービチの交響曲全曲を往年の音楽の殿堂で−。井上道義が一指揮者の立場で立ち上げた東京・日比谷公会堂を10月末から12月9日まで、ほぼ1カ月半にわたって借り切り、全15曲の交響曲を一挙に演奏しようという壮大なプロジェクト。今も謎の多いショスタコービチの実像に音楽から迫るとともに、由緒ある建築物の今日的意味も世に問いかけた。(産経新聞「モーストリー・クラシック」編集部 谷口康雄)
井上道義がショスタコービチの音楽に心を奪われたのは、ここ数年のこと。井上にとってのショスタコービチがライフワークとするモーツァルトと並ぶ存在と分かったら、もう一直線だった。
「こんなにはっきりと物事を言い切る自信を持った男はいない。その男気に惚れた!」と井上は音楽の本質な部分から共鳴。旧ソ連の体制との闘い、芸術の権力の対峙というステレオタイプの構図を超えてのめり出すと、「何も考えちゃいなかった。とにかくやったら面白いだろうと思った」と走り出した。
作曲家の実像を知りたい。それもロシアでと、昨年夏からモスクワから列車を何時間も乗り継いでようやくたどり着ける地方都市でショスタコービチの交響曲も指揮した。そして、練習場の確保にもと、ショスタコービチの交響曲が7曲も日本初演されたことのある日比谷公会堂に演奏会場を決め、10月30日からほぼ1カ月半を借り切り、プロジェクトを推し進めた。
「レトロな会場だから、初演当時の値段に近づけたい」とチケットは破格の3000円に抑えた。周囲は驚くが、「資金はないけど、ショスタコービチのストレートな音楽をストレートな響きのホールでまじりっけなしで聴いてもらうにも安い方がいい」と動じなかった。
世界でも前代未聞と思われる交響曲全曲演奏会は11月3日に開幕。井上は10月にサンクトペテルブルクに客演。サンクトペテルブルク交響楽団とともに帰国し、休むまもなく、日比谷でのリハーサルに突入した。
「みんな何やってるんだ! もっと練習だ! いい演奏ができない奴は、もう二度と日本の土を踏むことがないと思え!」
11月1日のリハーサルの後、コンサートマスターの叱声が飛ぶ。メンバーの誰もが目の色を変えた瞬間だ。
猛特訓のかいもあって、3、4日の本番は大成功。鉛色とも、鈍い金色ともいえる光彩を感じさせる音色には、ショスタコービチが作品に込めたさまざまな心情がたっぷりと含まれるよう。
現在のコンサートホールにはない独特の響きが演奏の良否を容赦なく提示するが、それと同時に作品の本質を白日の下へと晒す切実さを示してしまう。井上の奇抜ともいえるアイデアが、実は鋭い洞察であったことが早くも証明された格好だ。
サンクト響の8曲にわたる快演を受け、広島交響楽団、名古屋フィルハーモニー交響楽団、東京フィルハーモニー交響楽団も熱演を披露。社会主義の中にあって自身の内面の切実な吐露、冗談めいたシニカルな表現に隠された作曲家の名状しがたい思いなどがあぶりだされていく。
「何の勉強も予備知識もなく聴いてほしい。そうすることでショスタコービチの本当の素晴らしさが分かる」と井上。
プロジェクトを進めるに当たって井上は、日比谷公会堂を使用することで歴史ある建造物の今日的意味、意義を問うことになり、日比谷野外音楽堂で10円コンサートを開催したことのあるロックンローラー、内田裕也の心も動かした。
井上とともに「ヘビーメタルロックのようなシンフォニー」と呼ぶ第4番を聴きに駆けつけた内田は井上の渾身の凄演に感動。終演後に舞台袖で握手をする姿が美しい。
最終日にはプロジェクトの実行委員長の黒柳徹子も会場に足を運び、長大な第8番と最後の交響曲となった第15番に耳を傾けた。どちらもショスタコービチの深い人生への問いかけを含んだ作品。
井上は「この音楽がなぜ必要なのか、感激するという言葉さえすり減らされてしまった現代の社会で示したい」と矜(きよう)持(じ)を語るが、破天荒なまでのプロジェクトは、音楽が存在する意味を強く問いかけるような響きとともに結ばれていった。=敬称略
14 ■ 福田康夫さんの書込み
2007/12/17(月) 19:03:50
■内田裕也 猟奇殺人映画で妖しい女装
ロック歌手の内田裕也(68)が女装姿を披露した。1936年(昭11)に起きた阿部定事件をモチーフに時空を超えて描かれる映画「ONLY TWO(仮題)」(監督望月六郎)のクライマックスシーン。黒いドレスに網タイツを身に付けて妖(あや)しい雰囲気を醸し出した。来春公開される。
裕也の冒険心にメラメラと火が付いた。4時間もかけての入念な変身。ショートの金髪カツラに、別の仕事で訪れた米ロサンゼルスで購入してきた黒いドレス。そしてなまめかしい網タイツ。撮影現場のボルテージも一気に上がった。
「沢田研二クンの妖(あや)しい美しさに迫りたい」と話してメーク室に入った裕也は、鏡を見て「カリスマ美容師のIKKOやピーターには負けてないと思う」と、初の本格的な女装にご満悦だ。
阿部定事件は東京・荒川区の待合茶屋で、定が愛人・石田吉蔵を絞殺し、切り取った局部を持ったまま逃げた事件。逮捕された際には号外まで出たほどで、その猟奇性が世間を騒然とさせた。
この事件を題材に「IZO」などを手掛けた武知鎮典氏が脚本を執筆。定を杉本彩(39)が演じ、愛人の吉蔵は中山一也(51)、そして裕也扮するオオミヤは定の夫として登場する。実際、定のパトロンだった人物の設定を変えたものだ。
時は現代。写真家のイシダに「妻サダの写真を撮ってほしい」と依頼するオオミヤ。その撮影の最中に、昭和初期にタイムスリップして…といった展開。裕也の女装は3人が絡むクライマックスで登場するが、自ら望月監督に提案して実現。「ラストに用意されているショッキングな場面に関係するため、なぜ女装になったかは秘密。見てのお楽しみにしてほしい」と裕也は妖しく笑った。
13 ■ 福田康夫さんの書込み
2007/10/15(月) 16:10:21
■ロックのカリスマ内田裕也があなたの携帯でシャウトする!着メロならぬ<着FUCK>無料配信がスタート!
(2007/10/11 22:56)
テレビがダメなら、携帯がある! 内田裕也が、映画のチャレンジングな姿勢に共感。
気合いを込めてタイトルをシャウトする!今すぐあなたもダウンロードして、映画館へ!
<着FUCK> by内田裕也 無料配信中!試聴もできます!
詳しくは公式HP www.f-movie.netへ (劇場にて<着FUCK>割引きあり)
注意:FUCKは爆発力のある言葉です。使用の際には十分な覚悟と意識をお願いします。
アメリカだけでなく日本でも放送禁止? NHKのみならず、過激で知られるTBS「サンデージャポン」でも放送NGだった本作のために、裕也さんがひと肌脱いだ!!
放送禁止用語の王様FUCK。この4文字言葉をマジメに過激に徹底研究することで、言論の自由に迫り、保守化するアメリカ社会に警鐘を鳴らす過激なユーモアにあふれたドキュメンタリー映画『FUCK』。その前代未聞のタイトルから、アメリカではテレビ放送は御法度。映画館の看板も「××××」と表記するはめになったが、議論を呼んで話題沸騰。大手新聞が「印刷できない面白さ」と絶賛し、異例のロングランヒットに。
そして映画『FUCK』がいよいよ日本上陸。放送禁止用語がない日本だが、自粛規制は厳しい。NHKは「放送できない」、民放各局も「できないとは言わないが難しい」。
本作を高く評価するアメリカン・ジャーナリストのデーブ・スペクターさんの売り込みで、放送決定となったTBS「サンデージャポン」も審査部の判断により土壇場で中止。さらには、駅貼りポスターなど交通広告も全面NG。「このタイトルで宣伝できるのか」というアメリカ公開時の問題は、日本も無関係ではなかった。自粛王国・日本では議論をおこすことも難しい。そんな中、この映画のパワーと問題意識に共感した強力な応援団が現れた!
日本で最初にFUCKIN'と言ったアーティストは俺だろう。俺はプライドをもってFUCKと言う。
内田裕也さん(ロックンローラー)
“FUCK”の向こうにアメリカが見える。では、日本は?
11/10(土)よりシアターN渋谷ほか全国順次ロードショー!
11/17(土)より大阪・シネマート心斎橋/大阪・第七藝術劇場、他名古屋、京都、
沖縄など順次公開
製作・監督:スティーヴ・アンダーソン
登場人物:ジョージ・W・ブッシュ、アラニス・モリセット、チャックD、アイス-T、ハンター・S・トンプソンほか
原題:FUCK/2006年/アメリカ/90分/字幕監修:町山智浩
提供:アミューズソフトエンタテインメント
配給・宣伝:ムヴィオラ
12 ■ 安倍晋三さんの書込み
2007/08/20(月) 18:28:49
11 ■ 安倍晋三さんの書込み
2007/08/20(月) 18:17:19
10 ■ 安倍晋三さんの書込み
2007/08/20(月) 18:14:48
■「音の見える」地下室の「ロック・フェス」夏の夜。
2007年08月04日07時39分
【PJ 2007年08月04日】−真夏はロックの季節だ。日本各地でロック・フェスティバルが開かれている。アウトドアで太陽と汗と格闘しながらロックのリズムにシャウトするのも良い。行きたくても行けない人には、東京のど真ん中、港区西麻布のビルの地下室で、冷えたシャンペン片手にロックを楽しむ事が出来る。”Live Love Rock”「池野徹写真展」である。そう、これはオレ自身の個展である。Bar AMRTAの石の階段を下りて、重い鉄扉をオープンすると、ロックの音とともに、ミュージッシャンのビジュアルが飛び込んでくる。
ダークな空間に、スポットに浮かぶミュージッシャンたち。来年69(Rock)の年を迎える内田裕也さん、お得意の2本の美しい指に唇を挟んだポーズ。ブルーの空間に浮かぶジョー山中さん、フラワートラベリングバンの”SATORI”は衰えていない。安岡力也さん、一昨年のロックフェスの入院直前のシャウトする表情だ、現在リハビリ中でる。”Get Well Back”。桑名正博さん、息子、美勇士くんとともに、ライブ活動中。Sheena & Rokketの鮎川誠さんと、シーナさん、絵になる夫婦デュオ、ストーンズ好きはオレに負けない。
ROLLYの怪しげな眼に注目、いじめっ子問題で、経験から良いコメントをしていた。HERO、最近渋谷ジャックというロックイベントをプロデュース、ヒップホップに生きる男だ。BILLYは四国出身のカッコ良く刹那的ロックンローラーだ。写真にいつも答えてくれる。ISSAY総身を刺青で包み、ゴールドのコンタクトアイをしてる、フラメンコも、タンゴも踊れるユニークな男だ。ひときわ目立つ、オッパイオープンでシャウトするYUKO(Me-ISM)、ストリートファイトが好きなワイルドな女性ロッカーだ。他にロックの音が顔から聞こえる写真が空間に浮かんでいる。
初日には、仲間が駆けつけてくれた。いつもトップに来てくれるジョー山中さん、なんと、ファッションモデルの娘の舞(MAI)ちゃんと友達のLURA、ジョーの友人、V-Cineのスター俳優の大和武士さんとその仲間。ビエンナーレ帰りの書道作家の小宮求茜さん、涼しげな着物姿だ。彼女の作品展も10月にここで開催する。テレビでおなじみのファッションデザイナー、ドン小西さん、いつも気さくに写真談義が出来る、隣に美女がいないとは珍しい。免疫学博士の大学教授でフラメンコダンサーの熊谷善博さん、博士かダンサーか分からないところが良い。ロックが大好きという、築地「すし玉」の日本一の卵屋さん、渡辺規彦さんとお兄さん。Mickも Eikichi-sanも現れるAMRTAのオーナー阿部讃平さんも加わり、夜中の3時頃まで、ナイストーキング&ドリンクは続いた。
ロック写真は、ローリングストーンズに取り憑かれてから、いろいろなミュージッシャンと知り合いになれ写真も撮っている。ステージ写真は、条件が厳しく、写真するのは、格闘技である。写真から「音がするねとか、色があるね」と言われると、その気のなってしまうが自分のアート写真にするには、他のヤツが撮れない写真にするには、結構大変なのである。彼等ミュージッシャンのONとOFFの写真があるが、写真はエンターテインメントだとも思っているので、これからも仲間であるとともに、被写体としてKEEP ROLLINGである。
♪Come On To The Phock-Jailhouse Rock With Me♪
9 ■ 安倍晋三さんの書込み
2007/05/10(木) 17:30:20
■ジョー山中が絶唱、「ガンさん」一周忌ライブ。=原宿クロコダイルにて。(上)
2007年05月09日13時11分トラックバック 3user クリップ (コメント 0user)
【PJ 2007年05月09日】− 渋谷から原宿へ抜ける明治通りにあるクロコダイルのイルミネーションの階段を下りると、聞き慣れたジョーのハイオクターブの声が聞こえて来る。ステージの正面に「ガンさん」の写真が光に浮かんでいた。ユニークなマルチ親爺の名物男ガンさんこと、村上元一(1935-2006)さんが、突如、奥多摩、日の出山で亡くなって、丁度一年5月5日の命日、ガンさんの店、原宿のライブハウス「クロコダイル」で、ジョー山中(60)さんの「ガンさん追悼ライブ」があった。
「ガンさん」と言えば、その晩年を知る連中にとっては、一見小柄に見えるが、頑丈そうな身体、でかくて丸い顔、その強面に、サングラス、何時も派手な革ジャンに、バンダナ、キャップ、革手袋を携帯して、HONDAのバイクに乗って、何処へでも現れる、豪快な親爺という印象があった。原宿・青山にある、「Crocodile」「Oh-God」「Back-Wood」の店のオーナーであり、新しもの好きの、音楽好きのログハウス好きの男で、芸能人、ミュージッシャン、体育会系の人達を、面倒見が良くて、喧嘩早くて、自己主張も強い、酒も強い、と思われていた昭和の男だった。剛毅な反面、実はしっかりと緻密で、根は優しい、ママ奥様、村上尤子(72)さんを大事にする男でもあった。奥様とガンさんのツーショットは、「美女と野獣」そのものだったと思うが、言い過ぎかも知れないが。
ガンさんは宮城県仙台の出身で、奥様にお聞きすると、女学生の頃から同じ高校生のガンさんは、口説いていたと言う。それから亡くなる迄の数十年、見かけは、皆さんの想像通りでしょうが、勉強家で優しい人でしたと、今は、「Back Wood」のカントリーフーズの美味しいお店の切り盛りで大変ですと、凛として、にこやかに話すのが印象的だった。
ガンさんは、東北学院大学のヨットマンであり、身体には自信を持っていたようだ。その後上京して、川喜田長政・かしこさんの東宝東和の映画配給会社の宣伝マンになる。そして1960年当時フランス映画で、ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン(72)主演の映画、「太陽がいっぱい」が世界的ヒットになり、大スターになった、アラン・ドロンが来日した時に、お付きというより、用心棒、今で言う、セキュリティをやる事になり、アラン・ドロンの有名なCF「ダーバン」等、完全密着して、信用を得たのであった。
その後、「渡辺プロダクション」に入り、ドラマーの白木秀雄クインテット、クレージーキャッツ、寺内タケシとブルージーンズのプロモーション、マネージャーをやった。ブルージンズのボーカル、内田裕也(67)さんとの出会いがあり、初代マネージャーを務める。また、ジョー山中さんとは、ハードな出会いをする。ジョーはカーニバルズというグループで、ジョニー吉永さん等と、イケメンハーフで売っていた時代である。現在の「クロコダイル」の代表、西哲也(60)さんは、この頃の出会いを語ってくれた。
♪Oh my darling Oh my darling,Clementine, you were lost and gone for ever〜♪
【つづく】
■ジョー山中が絶唱、「ガンさん」一周忌ライブ。=原宿クロコダイルにて。(下)
2007年05月10日08時45分トラックバック 0user クリップ (コメント 0user)
【PJ 2007年05月10日】− (上)からのつづき。1968年頃、赤坂に「ムゲン」「ビブロス」とか、ディスコの走りの店がオープンしていたが、「ガンさん」こと村上元一(1935-2006)さんは、「渡辺プロダクション」在籍中から、建築に興味を持ち、勉強し、自分で図面もひき、「檻の中」というスナックバーを創る。ジェイルハウススタイルのユニークな店で評判をとり、ナベプロ退社後に、六本木に「最後の20セント」という、靴脱ぎスタイルの絨毯バーを最初にやり、大人気になったのである。また、後に暴力沙汰でムショ帰りで創った、「シャバジン」も多くのミュージッシャンの巣になった。
「クロコダイル」は1976年にオープンして、初代店長は、元グループサウンズ、シャープホークスの安岡力也(60)さんであった。力也さんも今は、体調を崩しリハビリの日々である。ガンさんと私は、裕也さんの「New Year Rock Festival」で知り合い、私は写真とポスターを創っていたが、プログラムの題字をガンさんが独特のレタリングで毎年書いて楽屋へ持って来ていたのが印象に残る。いつも私には、何故か闘志をむき出しにしていた。強面同士のせいだったかも知れない。
また、内田裕也さんらと、ロックミュージッシャンのフランク・ザッパや、日本のベーシスト、山内テツの参加していたジェフ・ベック、ロッド・スチュアートの「フェイセス」の招聘をしたり、その前座でジョー山中さんの鏡獅子スタイルがカッコ良かったのが印象的だ。ガンさんは居合い抜きの達人でもある。居合い術を見たくて、エアロスミスのギタリスト、ジョー・ペリーが「クロコダイル」に現れ、ガンさんはステージで真剣居合いを披露した。見慣れない人は、ガンさんの違う日本男児の一面を感じたと思う。
ガンさんは、学生時代のヨット以来、バイクをこよなく愛していた。何処へでもバイクで現れた。HONDA CB400とかYAMAHA、KAWASAKIと国産バイクを乗り回していた。以前に映画「大脱走」の主演スティーブ・マックイーンにHONDAを一台プレゼントしたと言う話を聞いた。
ジョー山中さんの「人間の証明」が聞こえて来る。先日、中国北京で「同一首歌」という中国全土放送のテレビ番組で、リクエストに応え「人間の証明」を歌った。この歌は中国のスタンダードになっているそうだ。その憂いを含んだジョーの声を、今夜はガンさんも一年振りで聞いているだろう。フラワートラベリングバンド時代の、ドラムスのジョージ和田さん、キーボードの篠やん、ゲストに、三上寛さんが「夢は夜開く」をブルージイに熱唱、齋藤昇さんのサックスも色気を添えていた。
この「クロコダイル」はガンさんの故郷だったと思う。楽屋に、日本刀が並び、天井迄埋まった、音楽テープの山、様々な、ミュージッシャンが楽屋として、裸になり着替えた場所、楽屋兼オフィスは今でも健在だが、あのデカイ顔と声のガンさんはバイクに乗って逝ってしまい会う事は出来ないが。ガンさんの死場所、奥多摩の日の出山には、ガンさんが自ら創った、「Back Country」がある。ログハウス内に、居合道場、ミュージックライブハウス、レストラン、ホテル、アミューズメントハウスが主はいないが、今でもある。ガンさんが夢見ていた、カントリーミュージックの聞こえる楽園に、がンさんは、今日も現れているに違いない。
♪Mama, do you remember the old strau hat you give to me 〜♪
【了】
8 ■ 安倍晋三さんの書込み
2007/05/01(火) 18:46:21
■「夢をありがとう無責任男」ロック版スーダラ節で合唱
「植木等さん夢をありがとう さよならの会」で27日、歌手の内田裕也(67)は、松任谷由実(53)、ミッキー・カーチス(68)とともに即席ユニットを結成して祭壇前で突然歌い出し、式場を沸かせた。
ロックンローラー・内田裕也は、絶唱でミュージシャンとしての先輩、植木等を送り出した。
元首相・森喜朗さん(69)らに続いて「さよならのお言葉」を述べていた裕也は、それまで堅苦しく、悲しみに包まれた会場を一変させた。
「大変、唐突ではございますが、1コーラスだけ、1曲だけ歌わせていただきたいと思います」と切り出し、松任谷由実(53)とミッキー・カーチス(68)をいきなり祭壇の前に呼びつけた。
“裕也節”のさく裂には会場もざわついたが、1991年に東京都知事に立候補したこともある「クレージー裕也」は構うことなく「暗いご葬儀は嫌だと思います。一生懸命、一晩考えてやってきたものです。『クレージーキャッツ』に対抗して、新ユニット『クレージーキャメルズ』でお送りします」。
打ち合わせなしの即興。突然のことにキョロキョロと周囲を見回し戸惑うユーミンとカーチスには「時間がないので早くお願いします」と一喝。「ロック版スーダラ節。コーラスよろしく!」と、名曲をロック調へアレンジし、ライブさながら弔問客の手拍子に乗せて「スィ〜スィ〜スーララッタ スラスラ スイスイスイ〜」と、祭壇でほほ笑む植木さんの遺影に向かって歌声を放った。
式の後、裕也は「ちょっとやりすぎたかな」苦笑いを浮かべたが「届いたか? そう思います」と満足そう。「オレが19歳のころ、悶々とした日々を送って、ヒット曲も皆無のオレはクレージーの前座で全国を回らせていただいた」裕也なりの感謝の表現だった。 全盛時代には裕也の暴れん坊ぶりにも「ハナ肇さんに説教されている隣でニヤニヤして場の雰囲気を和らげてくれていた」という。「あなたのことは忘れません。ユーアーロックンロール」“無責任男”植木さんにふさわしいお別れ。植木さんも天国できっとほほえんでいたはずだ。(2007年4月28日06時02分 スポーツ報知)
■内田裕也、植木等さんに捧ぐ…惜別のスーダラ節
◆ 植木等さん、夢をありがとう。さよならの会 ◆
先月27日に呼 吸不全のため死去した「クレージーキャッツ」の植木等さん(享年80)を追悼する「植木等さん、夢をありがとう。さよならの会」が27日、東京・青山葬儀所で開かれ、芸能関係者やファン約200人が参列した。弔辞で内田裕也(67)が突然、松任谷由実(53)とミッキー・カーチス(68)に呼び掛けて1日限りのユニット「クレージーキャメルズ」 を結成。“ロック版”スーダラ節で天国の植木さんを喜ばせた。
◆ 歌詞間違え笑いも"演出" ◆
植木さんにふさわしい、笑いあり、涙ありのお別れ会になった。
内田が立ったのは弔辞にあたる「さよならの言葉」。60年代初め、クレージーキャッツの前座歌手として同行した時を振り返り「ハナ(肇)さんに説教されると、植木さんが場を柔らかくしてくれた」と感謝。しみじみと思い出を語った。
そして、笑顔の植木さんの遺影を見つめると「暗いのはイヤだと思いますので、ヒット曲が皆無のオレがワンコーラス歌います!」と宣言。突然、参列していたユーミンとカーチスに「コーラスお願いします」と呼び掛け「クレージーキャッツに対抗し、新ユニット“クレージーキャメルズ”でお送り致します」と勝手に結成した。
参列者が騒然とする中、誰よりも驚いたのがユーミンとカーチス。立ち尽くしていると「時間がないので早くお願いします!」と強制。「ワン・ツー」と合図をとると、ちょいと一杯の…とロック調で「スーダラ節」を歌い始めた。
しかし、途中で歌詞を忘れ「もう一回、お願いします」と再び熱唱。お別れ会に笑いと手拍子、最後は拍手まで起きた。
裕也にとって、人生初の弔辞。「何を言ったらいいのか分からないから、一晩中考えて歌うことにした。でも歌詞を間違えて悔しかった」と、精いっぱい感謝の思いを伝えたかったことを強調した。 [ 2007年4月28日付 紙面記事 ]