5 ■ 私説公開石垣眞人さんの書込み
2008/07/25(金) 15:07:54
「平成の黙示録」という表題の私説を公開しています。
http://makoto-ishigaki.spaces.live.com にアクセスしてください。
4 ■ no_nameさんの書込み
2007/05/05(土) 18:52:12
■談志、ノックさんからがん告白されていた 2007年05月04日
そこにいるだけで明るかった。3日、中咽頭(いんとう)がんのため75歳で亡くなった横山ノックさんをしのぶ声がお笑い界から相次いだ。40年来の交流がある落語家立川談志(71)は、数年前に本人からがんを患ったことを告げられていた。
談志がノックさんと会ったのは1、2年前、大阪・天満の焼き肉店だった。「『実はがんだったんです。誰にも知らせずに治したので、もう大丈夫です』と言っていた。少しやせていたけれど、死ぬほどじゃないと思っていた」という。
出会ったのは、談志が二つ目の柳家小ゑん時代。60年ごろ、漫画トリオが初めて東京に来た時に、楽屋に会いに行って知り合った。「あいつはバカだよ。でも、おれたちがかなわない、突き抜けたところがあった。お互いに大好きで、尊敬し合っていた。今も胸を張って、大好きだったと言える」としのんだ。
ノックさんの芸風を支えたのは、卓越した技術ではなく人柄だった。最後の新作となった漫談「進駐軍放浪記」(04年9月)を書いた作家の池田幾三氏は「傑出した芸のある芸人やない。器用でもない。もう、彼が画面に出ただけで明るくなる人間性なんです」。仕事は、いつも全力投球だった。「目いっぱいで、それなのに、周りへの優しさもあった。優しいから(ハイヒールら)年下のもんが、平気で『タコ』とか、頭はたいたりできたんです。人間としての魅力が芸に出てた。(漫画トリオは)上岡のつっこみが絶妙で、余計にノックさんが生きていた」と、誰からも愛された芸人の急死を惜しんでいた。現在、芸能界から引退した上岡さんは、近親者のみで営まれる密葬に駆け付ける。
■談志さんショック ノックを愛していた
人気漫才師だった横山ノックさんの死に、芸能界もショックを受けた。同じく国会議員で活躍した落語家の立川談志(71)は「ごくろうさん。ざまあみやがれ、死にやがって。そっちはいいところだろ」と持ち前の毒舌で友人を悼んだ。事務所の後輩、桂三枝(63)も「漫才師としても人間としても大好きでした」としみじみ。後輩芸人や番組で共演した和田アキ子(57)らが異彩を放った天才の死をしのんだ。
ノックさんとは兄弟のような付き合いがあった落語家の立川談志はこの日、都内で番組収録後にノックさんについて語った。
最後に会ったのは約2年前。「つい去年のような気がするけど、2年くらい前かもしれない。大阪で会ったらやせていて『がんで闘病してた。友人にも言わなかった。もう治った』と。それが最後でも、いつまでもオレの心の中にいる。1冊でも2冊でも本に書ける」と、神妙な表情で話した。
2人の出会いは、漫画トリオが初めて東京に行ったときという。談志は「『漫画トリオ』を見て面白いと思い、自分から名乗ってノックちゃんと親しくなった。ずいぶん長い付き合いになる」と振り返る。芸人・横山ノックを「見事に己を客観視する芸人の魂を持っていた」と称賛。ノックさんも生前、談志を「人脈を広げてくれた人。彼を通じて手塚治虫さんとか、毒蝮三太夫さんとかいろいろな人と知り合えました」と感謝していた。
1970年代に同じく参院議員としても活躍し、談志は「政治家として、周りが不まじめと思うようなことでも、本人は案外まじめに取り組んでいた」と評す。「大阪府知事になったときは、ノックちゃんを当選させた大阪人のユーモア感覚を評価したんだが」と語った。
83年にはノックさんが談志に弟子入りし「立川禿談次」の名をもらったことも。セクハラ裁判でノックさんが有罪判決を受けた後、談志は芸能界復帰を支えた。04年2月には、東京で行われた談志の独演会にノックさんを招き、復帰をサポートした。
最後は「昭和の大芸人が亡くなった? そんなんじゃねえよ。『パンパカパーン。今週のハイライト』って言ってただけじゃねえか。くどいようだけど、オレはノックちゃん大好きだったんだ。最後に言葉? ごくろうさん。ざまあみやがれ、死にやがって。そっちはいいところだろ」と“談志節”で別れの言葉を贈った。(2007年5月4日06時00分 スポーツ報知)
■横山ノックさん死去 仲間から惜しむ声<5/4 1:30>
前大阪府知事でタレント・横山ノックさんが3日午前7時15分、中咽頭(いんとう)ガンのため、兵庫・西宮市の病院で死去した。75歳だった。横山さんの死去に、仲間からは惜しむ声が聞かれた。
(略)
横山さんの突然の訃報(ふほう)に、仲間からは惜しむ声が聞かれた。
西川きよしさん「相棒(横山やすしさん)の師匠として、芸能界、また、参議院議員の先輩としてお世話になりました。今は色々な出来事が思い出されて、一言では語り尽くせません」
「コメディNo.1」坂田利夫さん「ものすごく明るかった。ノックさんがいると明るくなって。本当に残念です」
立川談志さん「何年か前にガンを宣告されたと聞いた。誰にも会わなかった。誰にも知らせなかった。俺は、彼のものすごさ、抜けてるすごさ、天性のものを認め合っていた」
桂小枝さん「信じられない。まだ、その辺りでたこ踊りしてそう。ノックさんと楽屋が一緒だとパッと明るくなる。大阪の宝が消えたという感じ」
池乃めだかさん「ノックさんといったら、笑顔しか覚えていない」
桂三枝さん「漫才師としても好きでしたし、人間としても大好きな人で、思い出は本当にいっぱいあるんですけど、本当にあの…残念です」
3 ■ 安倍さんの書込み
2007/03/31(土) 02:48:59
2 ■ no_nameさんの書込み
2007/03/19(月) 11:53:44
1 ■ no_nameさんの書込み
2007/03/19(月) 11:52:11