227 ■ 伊藤律さんの書込み
2007/03/16(金) 14:25:30
211 ■ Dreiklangsdimensionenさんの書込み
2007/03/07(水) 19:53:00
210 ■ Fan Fan Fanatisch 1980さんの書込み
2007/03/07(水) 19:52:10
209 ■ Augenblickさんの書込み
2007/03/07(水) 19:47:54
208 ■ Fan Fan Fanatisch liveさんの書込み
2007/03/07(水) 19:42:56
195 ■ no_nameさんの書込み
2007/03/06(火) 14:49:22

「テレビとインターネットの情報発信の違いも作品の
■【インタビュー】綿矢りさ 「夢を与える」芸能界の少女鮮烈に
19歳で芥川賞を受賞した作家、綿矢りさ(23)の受賞後第1作が出版された。受賞作『蹴りたい背中』から3年半。新作は、芸能界で生きる少女の成長を描いた『夢を与える』(河出書房新社)。大人に囲まれた生活のなかで、少女の心は大きくかき乱されていく。
当初は大学生活を描いた別の作品に取り組んだが、「発表する水準に達しなかった」という。そこで芸能界を舞台に変えたところ、すらすらっと筆が進んだそうだ。
「芸能界はスキャンダルがあると、雑誌などで『この人はもう終わり』と報じられる。そのとき、どれほどの感情が動いているのか興味があった」
この言葉通り、子供のころからテレビCMに出演して人気アイドルとなった主人公の夕子が、男性スキャンダルに巻き込まれる過程を生々しく描いている。
作品から伝わってくるのは、「私」の領域を侵すことの危うさだ。夕子は私生活をさらけ出すことで人気者になるが、そこに待ち受けるのは…。
夕子は、事務所のスタッフから「将来の夢を聞かれたら“人に夢を与える女優になりたいです”と答えるように」とアドバイスされて、「与える」という言葉に高飛車な印象をもつほどに純粋な感性の持ち主である。そんな素直な女の子と、虚構で固められた芸能界での出来事が対比されて、思春期の少女の心のひだを鮮烈に浮かび上がらせる。
失礼な読み方とは知りながらも、デビュー後に文壇のアイドルと呼ばれ、マスコミに過度に注目された著者の皮肉ともうつる。
「この本を読んだ方から、『綿矢さんもすごいプレッシャーだったんですね』と聞かれますが、私はそれほど注目されたとは思わなかった。嫌だったのは、冗談でも『先生』と呼ばれたことかな」と笑い、著者と主人公をダブらせる読みを、さらっと否定した。
昨年3月に大学を卒業。「大学生活ではできなかったぐらい、広い視野で小説の可能性を探りたい。長くて、うねりのある作品を描きたいですね」。執筆活動にもこれまで以上に力が入っている。(上塚真由)
174 ■ no_nameさんの書込み
2007/02/13(火) 15:40:16
■綿矢りささん3年半ぶり長編「書く時は夢見てるみたい」2007年02月08日
芥川賞作家の綿矢りささん(23)が長編『夢を与える』(河出書房新社、10日発売)を出す。幼いころからCMモデルを続けてきた少女の破滅の物語。受賞作の『蹴(け)りたい背中』から3年半ぶりの長編にこめた思いを綿矢さんに聞いた。
新作は、「夕子」の成長を追ってチーズのテレビCMが撮影され、国民的な人気を得ていく設定で、誕生前から18歳までの時間が描かれる。
『インストール』『蹴りたい背中』同様、若い女性が主人公だが、軽やかな一人称で高校生を描く前2作とは異なり、大人にまじり「虚構の世界」で生きる少女の時間の流れの速さを、密度の濃い文章で書きあげた。
『蹴りたい背中』から3年半。その間、短編をひとつ発表したのみで、新作の完成までにずいぶん時間がかかった。「文体を変えたくて、自分の中で更新するまでに時間がかかった。一人称というものの幅、限界を感じ、それ以外のものを自分でも読んでみたくて」
いくつもの物語を、書き出しては中断していた。「今度もだめかな」と思いながら書き始めた物語が思いがけずふくらみ、着手から1年ほどで完成させることができた。
始まりは、夕子の父母となる男女の別れ話から、というのが意表をつく。母は夕子を身ごもることで去っていく恋人を引き留めるが、のちの波乱はこの時から予感されている。
最年少19歳で芥川賞に決まった注目の若手作家だけに、「文芸」冬号に発表された段階でたくさんの批評が出た。新しい試みを評価するもの、「通俗」と疑義を呈するもの。若くして文壇のアイドルとなった綿矢さん自身の人生を重ねた、という読み方もあった。
「ぜんぜん違う世界なんですけど(笑)、似てると思う人もいるのかな。賞をもらってメディアに少しかかわった経験が、カメラの向こう側にいる人はどんな感じがするもんなんやろと、テレビの世界に興味をもつきっかけにはなった気がします」
17歳で非常に完成度の高い作品を発表し「早熟」の印象がある綿矢さんだが、前2作の経験を今回生かせたという実感は「まったくない」という。
「書いてる時は夢見てるみたいで、自分の夢なんだけどこの先どうなるかわからない」、そんな感じで書いていた。評価を得た文体をまるきり変えてしまう意識的な部分と、無意識に空気をつかみとる部分。そのバランスは自分でもわからないそうだが、「自分で決められるところは本当に限られていて、イメージに引っ張られていく」と話す。
昨年、大学を卒業して専業作家としての道を踏み出した。「やっと自由に書けるぞ、という気持ちが大きかった。これまでは書く時間をしっかり決めてたけど、これからは、もうちょっと気楽に生活と書くことを一体化させたような感じにできたら」。本好きで、本を読むことを支えに書いてきたけれど、今は人とのかかわりに創作が刺激されるという。デビュー当時から申し込みがあったサイン会も初めてやる予定だ。
167 ■ no_nameさんの書込み
2007/02/02(金) 19:38:06
164 ■ LAIBACHさんの書込み
2007/01/31(水) 18:52:12
163 ■ 笹川良一さんの書込み
2007/01/29(月) 00:07:10
158 ■ 荒らしさんの書込み
2007/01/24(水) 21:23:18
157 ■ 1989 新自由クラブさんの書込み
2007/01/24(水) 06:02:58
156 ■ 1962参院選 LDPさんの書込み
2007/01/24(水) 05:55:41
148 ■ 絞死刑 予告さんの書込み
2007/01/24(水) 03:23:39
147 ■ Memorabiliaさんの書込み
2007/01/24(水) 02:54:44
145 ■ 萌え荒らしさんの書込み
2007/01/20(土) 12:24:04
144 ■ 荒らしさんの書込み
2007/01/20(土) 11:53:35
エリック・アイドルはモンティ・パイソンの6人のメンバーの中でもいい奴である。彼は北イングランドの生まれである。私がいい奴と言うとき、それは完璧にいい奴ということを意味しているのではない。一般的にマイケル・ペイリンはいい奴であると考えられている。そしてテリー・ジョーンズも実際かなりいい奴だし、パーティでの彼がとってもいい奴なのは確かな話である。少なくともパーティでのマイケル・ペイリンと同じくらいいい奴だと言う分には正しいだろう。テリー・ギリアムの番だが、同じく彼もとてもいい奴と言えるだろう。ことに海外での彼は。そう、実際イギリス以外での彼は素晴らしい。おそらく、いい奴過ぎるぐらいに、いい奴だろう。グレアム・チャップマンはいい奴だったし、ジョン・クリーズは昔よりは大分いい奴になった。実のところ、突っ込んだ話、ジョン・クリーズも今ではパイソンの中で一番いい奴と言うことが出来るぐらいだ。いや、全く。
エリック・アイドルは愛すべきモンティ・パイソンのメンバーの中で6番目にいい奴である。彼は北イングランドの生まれである。いい奴になるためには素晴らしい土地ではないだろうか? 大勢の素晴らしい人々がいい奴になるための不安などなしに豊かに暮らしている。モーツアルトを「いい奴」だ、なんて言う者はいない。「シェークスピアのハムレットが大好きだ。彼はいい奴だからね」と言う者もいない。つまり、偉大なる芸術家の多くは大していい奴ではないということだ。何を言おうとしていたんだっけ。
そうそう、これが言いたかったのだ。--もし、私がいい奴じゃなかったとしてどうなるというのだ? 素晴らしい妻と可愛い息子と娘とともに送る幸福な人生がないというわけではない。うちの子犬が私を愛していないということでもない。友人がいないということでもない。ご存じの通り、私にはそれほど多くの友がいるわけではない。しかし友人達は私をいい奴だと思っているだろう。「いい奴」とわざわざ言うほどにはいい奴ではないが、一人のよき友を得るには充分いい奴。そうありたいものだ。
いい奴だとか何だとかは問題の一部に過ぎないというのをお分かりいただきたい。モンティ・パイソン・グループの中で一番いい奴になる必要性を感じていない男、エリック・アイドルは、第二次大戦中の北イングランドに生まれた。彼はウルヴァーハンプトンの特にいいというわけでもない寄宿学校に7歳の時に送られた。これではいい奴になりようがないだろう? 彼はいい大学に進んだ。ケンブリッジである。素晴らしいことにケンブリッジのペンブルック・コレッジ。そしてフットライツ・クラブの代表になった(ちょうどピーター・クックがそうであったように。クックのことをいい奴だとか告発する者がいただろうか? もしそんなことを言う奴がいたら彼はそいつらの間抜け面を笑っただろう。「馬鹿野郎、俺をいい奴だなんて言うんじゃない」あのおかしな声で彼はそう言っただろう。全く彼は正しい男だった)。
エリック・アイドルは北イングランドに生まれ、それから色々あってケンブリッジへ進んだ。60年代から70年代前半にかけては時々ピーター・クックと間違われた。彼は現在カルフォルニアに住んでおり、時々ジーン・ワイルダーに間違われる。今も大していい奴というわけではない。
143 ■ YUYAさんの書込み
2007/01/19(金) 17:41:22
141 ■ Metal Danceさんの書込み
2007/01/19(金) 17:03:01
140 ■ Third Reich 'n' Rollさんの書込み
2007/01/19(金) 16:59:33